2014年9月27日土曜日

お向かいの森の話

数週間前から、お家の向かいの森の木がいっぱい切られはじめた。
チェーンソーの音、大きなクレーン。枝が折れる音、木が倒れる音。
作業員の話し声。今日も朝から作業が始まった。

そこは国から守られてる森だったけど、ある雨が強い日に、その斜面の下の病院や誰かのお家に木が落ち来てたとかで。そういう報告がいっぱいきたんだって。
人の安全第一という事で木を切って、セメントを流し込んで、もう一生危険のないようにする。らしい。

でもさ、これとっても不謹慎な発言かもしれないし、あくまでるかの個人的な意見だけど、少しぐらい人間が自然が原因で怪我したり、危機を感じるのって、ある意味必要だと思うんだよね?
良いとか悪いとかじゃなくて、必要なんだと思う。
だって当たり前じゃない。

人間はいっぱい自然傷つけても良くて、自然は人間傷つけちゃいけないって関係性おかしすぎじゃない?

自分がされて嫌な事、しちゃいけないのは誰が対象でも変わらない事だと思う。

これは動物と人間の関係性でもそうだと思う。

イノシシが、熊が、危険で獰猛な動物が里におりてきた!!危ないから殺せ!!

っていうのにも同じ事言いたい。
っていうかまずそれに関しては、なんでその子達が里におりてきたのか理由と原因を考えてもらいたい。

人間は後先考えず、相手のことも考えず、
自分勝手に危険をなんでもかんでも排除しすぎだと思うよ〜。

(そりゃあ人間同士の危険とか、
システムに感じる危険性、
そういう危険は必要なさすぎだから排除すべきと思うけどさ?)

そしてきっとそんなに深刻な被害はなかったけど、利権関係でずっと前から着手したい土地だったのかな〜...とかいつもの癖というか直感で思ってみたり。



って話が脱線したけど、森に戻って、



この森はリヴィングの窓から、ベランダから見える大好きな存在で。

初夏には毎朝、毎晩、お家に気持ちの良い風に乗って緑の良い香りがやってきた。

いつもそこに穏やかに立つ木に、太陽の光があたるとみんな風に揺れながらキラキラする。

大好きな森。

だからその森の木が目の前でいっぱい切られていくの悲しい。

悲しいし、切ってほしくないけど
どうすることもできない。またそれも悲しい。

いくらるかは勘ぐってても、
もし仮に、本当にそういう報告が相次いでいたとして。
その森によって誰かが怪我をしたり、命の危機を感じたっていう事実があるとしたら、やっぱり署名を集めたとしても、いくら反対しても、結果をひっくり返すのにはとっても弱い。

だからといって、これから切られていく木たちの気持ち考えるといてもたってもいられない。

だから、るかに何ができるかな〜って考えて、
木たちに話しかける事にした。

大丈夫、恐くないよ〜、って。
側にいるからね。って。

もしかしたらこれは自分に言い聞かせてるのかも。
とか思いつつ。





そして、なんか似たようなことあったな〜とふと思い出した。
るかがまだ小学生の時の話でまだ仙台にいた頃。

小さい頃からずっと知ってる、お家の目の前のおっきな木が全部切られる事になって。
印にスプレーで木に変な色で変なの書いてた現場の作業員さんに怒って話しかけようと側まで行った事あった。
まだ小さかったからか、何言って良いかわからず、とにかく近くまで寄っていってひたすらに涙目で見つめるっていう...。 

今考えると、作業員さん恐かっただろうな。いろんな意味で。笑

その時も心の中で木にいっぱい話しかけてた。






今もこれ書きながら、空いた窓の外で大きな木がバキバキってすごい音しながら切られて、クレーン車で持ち上げられてるの見えるんだよ。いっぱい切られるから、切り口から枝の匂いというか緑の匂いもすっごいする。
それにしてもほんと恐い音だな....。

鳥もいっぱいピヨピヨ言ってる....!!
だってこの森鳥からも人気だったもん泣








うん。



全ての生き物がお互いを尊重しあって、愛し合って、共存できる世界。



取り戻したいな〜。





うん。
やっぱり予定変えて、お家で歌の練習しよう。













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